武器屋の女主人[1]



「麻子…っ…」


地面に足をつき俯いたままの悠大の嗚咽混じりの声が龍二の耳に届いた。
気絶した亜衣里の体を抱き直しながら龍二は思う。


これが最前の方法だったのか……?
無理にでも麻子を連れてくれば良かったんじゃないのか?

いや、運が良かった。
敵と鉢合わせしなかったから今こんなことが思えるんだ。

だけど…―――。


ゴウゴウと音を立てて燃えていく廃墟。
佇んだまま9人の少年たちは崩れていくその場所を見つめていた。




「これからどうするんですか?」


続いていた沈黙を破ったのは靖史だった。
彼は視線を真っ直ぐと梨奈へ向けている。
その靖史の言葉に百合子もまた梨奈へと視線を向けた。


「今の私たちの状況は敵に狙われやすい。今敵に襲われるとかなりヤバイわ」


確かに梨奈の言う通りであろう。
自分たちの今の状況では敵に狙われた時に助かる確率は低い。
なぜなら今、自分たちはいわゆる丸腰の状態なのだ。
持っている武器と言えば龍二が常に装備している銃のみ。
それも予備の弾を持っていないためにあと何発かで弾は無くなってしまう。


「武器がないこともあるけど、襲われた時に戦えるのは悠大と亜衣里以外の私たち7人だけ」


麻子がいないのも大きなダメージだろう。

やはり私の選択は間違っていたの…?


ふとそんな疑問が梨奈の脳裏をかすめた。


ううん、きっと私は正しかった。
あのまま麻子を連れて逃げたとしてもきっと同じだった。


浮かんでは消えてゆく想いを振り払うかのように梨奈はふるふると頭を振って再び口を開いた。


「とにかく武器が無ければ話にならないわ。"あそこ"へ行きましょう」
「ほんなら早う行きましょか」
「善は急げと言いますしね」
「決まりだな」


話がまとまったその時、



「……俺は行かない」
「…悠大……」


俯いたまま悠大がポツリと、しかしはっきりと言った。
靖史が哀しそうな瞳で悠大を見つめる。


「―――俺はもう戦いたくない」
「今更そんなことを言うの?」


いつもより冷めた口調の梨奈が悠大に詰め寄った。
鋭い瞳が悠大を突き刺した。


「俺はっ…!俺は麻子のためにいつも戦ってた!でも、麻子は…、麻子はもういないんだ…っ!!
麻子がいないと俺にとって戦いなんてものは意味のないことなんだよ!!!」


悠大の悲痛な叫びが闇の中に木霊する。


「それならどうしてあのとき麻子を無理にでも連れてこなかった!?」
「渉輝、落ち着いて……」
「靖史は黙ってろ!」


本崎渉輝(もとざきしょうき)は悠大の胸ぐらを掴みさらに叫ぶ。


「麻子がいないと無理って分かってんなら、あの時、無理にでも連れてくれば良かったんだ!!
今更後悔なんかしたって意味ねぇだろ!?」
「………ッ!!」
「もう止めろ、渉輝!」


龍二は二人の間に入ると、彼らを引き離した。
引き離された向こうでは梨奈が渉輝をなだめている。
靖史は悠大のそばに立っているが何と声をかけたらいいのか迷っているようだ。



「悠大」


龍二の静かな声に悠大の肩が揺れる。


「お前はきっと自分が麻子を死なせたって後悔してると思う」
「……」
「きついことを言うが、俺も渉輝と同意見だ。今更後悔をしても意味がないんだ」


麻子が死んでしまったことに、変わりはないのだから。


「麻子を死なせたことを後悔しているんだったら、その責任を負って生きろ」
「……え……?」


「麻子の分まで生きるんだ。麻子も悠大がそうしてくれる方を望んでいると思うよ、俺は」


なぁ、亜衣里。
少なくとも俺はそう思うよ…。だから、お前も後悔なんかするな。
亜衣里の髪を撫でながら龍二は少しだけ彼女を気絶させたことに罪悪感を感じた。


「"美希さん"の所へ行く。それでいいわね?悠大」
「……あぁ」


悠大はそうはっきりと頷いた。



* * *



月明かりに照らされた道なき道を黙々と歩き続ける9人。
もっとも亜衣里は未だ気絶したままなので、事実上歩いているのは8人なのだが。
歩き始めて30分ほど経った頃だろうか。
梨奈が皆にストップをかけた。


「着いたわ」


梨奈の静かな声が不気味なほど辺りに響いた。
目の前にある建物の中へと梨奈は歩みを進める。
今はもう廃墟となったはこの建物は以前は武器屋だったのだろう。
ぶら下がった看板に書かれた"武器"の文字をかろうじだが読むことができる。
梨奈はさらに店の奥へと入っていく。


ちょうど店の中心にある部屋へと来たとき梨奈は部屋の隅にある本棚に近づいた。


「"美希さん"には一度だけ会ったことがありますが、まさかこんな所に…?」
「私も詳しくは知らん。が、梨奈がここだというのだからそうなんだろう」


靖史と百合子がボソボソと小さな声で会話をするのを悠大はどこか虚ろな表情で見つめていた。
もし麻子がこの場にいたら、きっと同じことを話してたんだろうな…。


一方梨奈はというと、本棚にびっしりと並べられた本からある本を探していた。
正確に言うと『本』ではないのだが…。


あった。


見つけた本を手に取り開いてみる。
最初のページをめくると夫婦と思しき男女と1人の小さな女の子の写真が貼られていた。
そう、本ではなくアルバムだった。輝いていた時がそこには存在していた。


「梨奈、何をしているんだ?」


百合子の質問に答えず梨奈はパラパラとページをめくる。
2、3ページほど最初にあった家族の写真が貼られていたが、そのあとからは白いページがただ続いていた。
いつの間にか全員が梨奈の側に集まり梨奈の行動を興味深そうに見つめている。
梨奈は一番最後のページまで進めると



カラン…ッ



「あ…、何か落ちて……」


足下にコロコロと転がってきたものを靖史が拾って梨奈に差し出す。
受け取った梨奈はそれを見つめてふっと微笑んだ。
彼女の手の中で銀色の指輪が光っていた。



「…っぅ……」


ちょうどその時、亜衣里の声が部屋の中に響いた。


「亜衣里!」
「…りゅう、じ…?ここは―――」


そこまで口にすると亜衣里は素早く身を起こし龍二に詰め寄った。


「麻子は…!?」


その瞳は哀しみの色が支配している。
龍二は何も言わず、亜衣里をぎゅっと抱きしめた。


「龍二、何か言って。お願いだから……!」
「亜衣里…」
「麻子はどこいっちゃったの…?ねぇ、悠大!」
「亜衣里…!」
「…っ……どうして止めたのよ……!」


「亜衣里!!」


もうやめろ、そう叫んだのは悠大だった。
ぎゅっと掌を握りしめ何かに耐えるように下を向いている。
悠大と呼ぼうとして龍二は口を開いたがそれよりも早く悠大の静かな声が再び部屋に響いた。


「俺、は決めたんだ。麻子の分まで生きていくって…。だからしっかりしろよ、亜衣里――」


お前がそんなんじゃ俺の気持ちが揺らぐだろ……。


悠大の静かな言葉に涙がこぼれた。
それがきっかけとなり次々と溢れていく。
誰にも泣き顔を見せたくなくて亜衣里は龍二に抱きついた。


もう彼は麻子のいない現実を受け入れている。
それなのに、私は麻子が死んだことを受け入れられない。


麻子の笑った顔が好きだった。
自分には出来ないあの笑顔が。
花が咲いたようなあの笑顔が。


もう、あの笑顔を見ることはできない。


「…亜衣里……」


零れそうになる嗚咽を必死で耐えて泣く亜衣里を龍二は優しく抱きしめた。





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