武器屋の女主人[2]
梨奈、その指輪に何かあるのか?」
指輪を持ったまま今度は部屋中を見回しはじめた梨奈にそう訊ねたのは渉輝だった。
他のみんなも同じことを思っていたらしく渉輝の言葉に頷いて梨奈の答えを待っている。
「鈴蘭を探してるの」
「……は?」
「え、鈴蘭って花の鈴蘭のこと?」
亜衣里もまた首をかしげる。
「えぇ、そうよ」
「鈴蘭がこんな部屋の中にあるのか?」
困惑気味の表情の渉輝と亜衣里、そして自分の周りにたっている仲間達を見て梨奈はクスリ、と笑みをこぼした。
「なにも生花の鈴蘭だとは言ってないでしょ?よく部屋を見て。ちゃんと花はあるわ」
「…?」
「あっ……」
そう声を発したのは誰だっただろうか。
窓から差し込んだ月の光で部屋の壁に装飾された模様が照らしだされた。
「バラが…」
「…すごい……」
壁一面に施されたたくさんのバラの彫刻。
1つ1つが丁寧に彫られており、まるで彫った人間の性格を表しているかのようだ。
その場にいる全員はしばらく壁の彫刻を見つめていた。
「あれ…?」
「どうかしましたか、亜衣里?」
沈黙を破ったのは亜衣里の小さな声だった。
その声に反応した靖史が彼女の方を振り返る。
「うん。バラ以外にもいくつか違う花があるなぁって…」
確かに所々にバラではない小さな花が彫られている。
悠大は亜衣里の言葉をぼんやりと聞きながら、ある1つの花――正確には花の彫刻だが――をジッと見つめていた。
(麻子に似てる…)
どことなく儚い雰囲気を醸し出している、鈴のような花。
その儚さが麻子に似ているなと悠大は思った。
そっと近づいて触れてみる。
壁の冷たさが伝わった。
カタンッ…
「え…っ…」
微かな音を立てて、先ほどまで鈴のようなふくらみがあった場所がくぼまり、何かをはめ込めるような溝が出来上がっていた。
「り、梨奈…!なんか溝が……」
何故か悪いことをしてしまったような気分に陥った悠大は焦りながら梨奈を呼ぶ。
悠大の隣にいた亜衣里は溝の出来上がった花を見てあぁ、と頷いた。
「鈴蘭じゃない、これ」
鈴蘭という単語に悠大は「これが…?」と首を傾げた。
そして、確かに鈴みたいな花だな、と密かに頷くのだった。
「梨奈、ここに先ほどの指輪を…?」
「そうみたいね」
「"みたいね"ってどういうこと?」
曖昧な梨奈の言葉に亜衣里が不思議そうな顔をする。
「実は"美希さん"から『鍵となるのは指輪と鈴蘭よ』って言われただけで、正確な場所は教えてもらえなかったのよ」
けどまぁ、そんなに簡単に教えられるものじゃないし。
梨奈がそう言うと全員が確かにと納得した。
今のこの世の中で武器は反乱の道具となるもの。
そんなものを持っていると知られたらどうなるか分からない。
「まぁ、せっかくはめ込めそうな溝ができたんやし、試さな何にも始まらんやろ」
「そうね」
梨奈はゆっくりと銀色の指輪をはめ込んだ。
―――ゴゴゴゴゴ…ッ
「な、なんだ…!?」
指輪をはめた瞬間、壁の一部が後退しはじめた。
呆然とその様子を眺めていると地下へ続く階段が現れた。
「……なるほど。指輪は隠し部屋への鍵となるわけか………」
驚嘆している百合子とは逆に梨奈はさっさと階段を下りていく。
「俺達も行くか」
龍二の声に全員が梨奈の後を追って階段を下りていった。
頭上で壁が元に戻っていく音を聞きながら…―――
* * *
チリンチリンッ…
「…?」
ベルの音に鈴華(りんか)は首を傾げた。
普段滅多になることがないベルが鳴っている。
「おきゃくさまかなぁ」
よいしょ、と椅子から飛び降りると鈴華は母の元へと走っていく。
客だろうがなんであろうが一応母に伝えておいた方がいいだろうと考えたためだ。
「おかあさーん!"上"からのおきゃくさまだよ!」
部屋の奥でなにやら作業している母の背中に向かって鈴華は少し大きな声を出した。
その声に反応してゆっくりと母親が振り向く。
驚いたような色をその顔に浮かべて――
「"上"から?」
「うん。鈴が鳴ったの!」
「……あの子たちかしら…」
鍵を持っている者しか"上"からくることはできない。
それに自分が信じられる者にしか鍵を渡さない。
そしてあの鍵は世界に2つしかないもの…。
1つは自分の手の中にある。
ということはあの子たちしか居ないだろう。
「鈴華」
「なぁに?」
可愛らしく首を傾げた少女を見てクスリと笑みを浮かべた。
「お客様が到着したら私は部屋の奥にいると伝えて?」
「うん!」
元気よく頷いた鈴華の頭を優しく撫でる。
この女性こそが、斉藤美希(さいとうみき)。
悠大たちの会話に出てきた"美希さん"その人である。
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