仲間[1]



「そろそろ行きます。武器、ありがとうございました」
「気をつけるのよ」
「俺たちはまだ戦えるから大丈夫。でも美希さんは戦えないし、それにリンもいるだろ?」
「リンを一人にしちゃダメだよ、美希さん」
「美希さん。気をつけてくださいね」


靖史の言葉に腕の中で眠る鈴華の寝顔を見つめて美希は微かに笑った。
穏やかに寝息を立てる幼い彼女の髪を撫でながら「‥そうね」と小さく頷く。

この子を放って死んだりしたら怒られるわね、きっと。


「鈴華を守れるのは、もう私だけだものね」
「‥美希さん、本当に気をつけて。最近あいつらの行動が活発になってきてる。――いつ何が起こるか、わからないから」


梨奈の言葉に悠大と亜衣里が顔を伏せる。
強く握りしめられた悠大の拳を見て、美希もまた先ほどの会話を思い出して辛そうに顔をゆがめた。


「そう言えば、麻子はどうしたの?」
「…っ麻子、は‥」


武器の補充も済み、近況を話し終えたところで美希は集まった面々を見渡して訊ねた。
“麻子”の名に一同の表情が曇る。
その中で辛そうに口を開いた悠大の様子に美希はあぁ、と悟った。

この混乱の世の中では、人の死なんて日常。
けれど。


かなしい。

さびしい。


‥つらい。



「どうして、みんないなくなってしまうのかしらね」


現実から逃げることはできない。どれだけ逃げてもそれはどこまででも追いかけてきて辛く悲しい事実を突き付けてくるのだから。
大切な親友が死んでしまったことも、見知った少女の陽だまりのように温かいあの笑顔がもう見られないことも、残酷な現実。
夢ならば、どれだけ良かっただろう。


「――絶対に死なないで。約束よ」


自分の言葉に笑顔で答えた彼らの姿を美希は強く強く心に刻みつけた。







*







「…ここからは団体行動は避けて何人かに別れて行く、いいわね?」
「異議なしや」
「あぁ」


地下から地上へと続く出口の手前で梨奈は静かに切り出した。
薄暗いその中で諒と渉輝の声が響き、空気の振動で全員が頷いたのを確認する。
その様子に梨奈もまた一つ頷きそれぞれの名前を呼んでいく。


「諒と靖史は南から、悠大と亜衣理、龍二はこのまままっすぐ、百合、渉輝そして私は東から回って“corona[コロナ]”を目指す」


生きて、あの場所で会いましょう。
その言葉を合図として其々が一斉に出口を抜け駆け出した。
3方向に向かって走っていく仲間の姿はすぐに闇にまぎれて見えなくなった。






coronaは美希の隠れ家から約30kmのところに存在するいわば第2のアジトとでも言うべき場所である。
走り出してそろそろ3時間が経とうとしていた頃、それに最初に気がついたのは悠大だった。


「‥龍、何かいる」


前方に感じる人の気配。龍二もその気配に気がつき、けれど次の瞬間には訝しそうに顔をゆがめた。
この周辺の住人に夜中に出歩くという命知らずな真似をする人間は存在しない。恐らくは組織の人間。
しかし大抵の組織の者たちは二人以上での行動が原則となっているはずなのだが…。
悠大も龍二も一人分の気配しか感じることができない。
そのうちに亜衣里もそれに気がついたようでどうするのか、と瞳で龍二に問いかけてくる。
龍二は考えるそぶりも見せず、動かしていた足を止めた。悠大も亜衣里も立ち止まる。
気配の持ち主は悠大たちに気がついたようでこちらに近づいてくる。
ジャリ‥っ、と砂を踏みしめる音とともに月明かりに照らされ露わになったのは見覚えのありすぎる制服。組織の人間の証。
亜衣理がカチャリと銃を構える。けれども相手は攻撃を仕掛ける様子もなければまた殺気すら纏っていない。


「…組織の人間が、ひとりで行動してもいいのか?それともひとりで俺たちと戦(や)るか?」
「……」


龍二の声が夜の静けさの中に響く。相手は何も答えない。
沈黙が続くかと思われた時、彼女の声が闇の中に落ちてきた。


「…私を仲間にしてほしいの」


心地よいアルトのその声が組織の人間のものだと認識するまでに悠大は自分でも情けないとは思うがかなりの時間を要した。
否、認識するというよりも理解できなかったのだ。耳から入ってきた情報を理解することを脳が拒んでいた。

あの女は、今何て言った?


「組織を抜けた。もう殺しはしたくない。信用してほしいとは言わない、けど、私を仲間にしてほしい」


彼女の言葉に亜衣理が微かに戸惑いの表情を浮かべて龍二の腕をつかむ。
けれど龍二も龍二で理解に苦しむと言った表情で目の前の女を見つめていた。
悠大は、「殺しはしたくない」と言った瞬間の彼女の瞳を見てそれが本心であるとなぜか確信した。


「――悪いが、「いいよ」 …悠大?」


龍二が問うような顔で自分を見ているのがわかった。
でも、龍。たぶん、大丈夫だと思うんだ。


「仲間としてあんたを受け入れる。でも、一応あんたの持ってる武器はこっちで預からせてもらうけどいいか?」


女は悠大の言葉に目を見開いていたが、やがて装備していた銃やナイフなどを地面に落して数歩後ろに下がった。
悠大がそれらを拾うために歩いて行く。龍二と亜衣理はいまだ警戒を解いてはいなかったが、何も言わず悠大の後ろをついていく。


「‥ありがとう」


微かな悲しみの色を乗せて微笑んだ彼女の名は小森桜。
こうして一人、新たな仲間が加わった。





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