仲間[2]



悠大たちが組織の制服を纏った桜を連れてcoronaに現れたとき先に到着していた渉輝は当然の如く反対した。
それはごく自然で、当り前の反応だった。敵対している組織の人間の言うことなど、どうして信じられようか。
仲間にしたことでもしこのcoronaの場所がばれたら?もし仲間の誰かが殺されたら?
最悪のシナリオを挙げ出せばきりがない。それだけ自分たちは常に身を危険に晒されているのだ。

後から到着した靖史も渉輝のように直接口に出さずとも不安そうな表情をしていたし、誰がどう考えても桜を仲間にすることは得策ではなかった。
しかし“あの”悠大が桜をここまで連れてきたということが結局のところ梨奈を頷かせたと言っても過言ではない。
悠大の人を見る目は確かで、それは仲間の誰もが認めていたのだから。

桜が仲間となり二週間ほどが経った。
その間は組織の動きもそれほど目立ったものはなく、悠大たちもわずかではあるけれど身を休めることができていた。
そして桜も、彼女を仲間にすると言ったときあんなにも不安そうにしていた靖史が意外にも何かと構ってくれたおかげで仲間たちと打ちとけはじめていた、そんな夜のことだった。





*





夜でも気を抜けないのはもうすでにこの生活が身体にしみ込んでしまっているからだ。
戦場で生き抜くに常に気を張っておかなければならないのは当たり前のことであるが、それを抜きにしても今夜は眠れそうになく悠大は窓辺に座り何とはなしに外を眺めていた。
しかし眺めると言っても外は森。忍び隠れるためのアジトだ。当然見つかりにくいような場所に存在しているし、特別変わった物があるわけではない。
だが悠大はその時ひとつの人影が森の中へ入っていくのを見た。

桜だった。
こんな夜中に何を――。そう疑問に思い悠大は窓から飛び降りると気配を殺して彼女のあとを追った。

彼女を追って着いた先はcoronaの近くを流れる川だった。こんな所でなにをするつもりなのかと再び疑問がわく。

「っ、…ぅ」

桜は川の傍まで歩いて行くとそのまま膝に顔を埋めるような形で座り込んでしまった。
どうしたのだろうかと近づこうとした悠大の耳に入ってきたのは、小さな小さな泣き声。

「会いたい…っ」

必死に誰かの名前を呼びながら「会いたい」と繰り返す。震える小さな背中がとても痛くて、近づくことなどできるはずがなかった。
踵を返してcoronaへ戻る途中、図らずも触れてしまった痛みに悠大は裏切ってしまった愛しい人を思い出してぎゅっと眼を閉じた。

「――麻子…」

(お前を裏切った俺なんかが、きっとこんなことを思ってはいけないんだ。だけど、麻子、お前に会いたいよ――)

夜空に瞬く星たちは彼の願いを果たして聞き入れてくれるだろうか。
静かに落ちていった星は涙を流す悠大の頭上できらりと一瞬輝いた。











――その三日後の夜。
漆黒の服に身を包み、闇に紛れて、“彼の人”は彼らのもとにやってきた。

「まったく、どうしようもない子ね。組織を裏切ってどうなるか、知らないわけじゃないでしょうに」
「仰るとおりです。しかし今回のことにあなたがわざわざ足を運ぶ必要もなかったのでは?」
「分かってるくせにそんなこと言うの?」

黒いフードをかぶった二人組は眼前の建物を見て笑みを浮かべる。
特に女の方は男の言葉に妖艶な笑みを浮かべた。その反応に男も楽しそうにくつくつと笑う。

「愚問でしたね。申し訳ありません」
「わかればいいの。――じゃあ、私は行ってくるわ。あなたは高みの見物でもしてなさい」
「お気をつけて」

男がその言葉を口にしたときにはもう女の姿はどこにも見えず、そのことに男はまた笑った。
期待を裏切らないお方だ、と楽しそうに呟き、そして

「さすが、あの御方の  なだけはある。あなたもそうは思いませんか――。ねえ、本崎渉輝さん?」
「動くな」

チャキッと銃口が背中に押し当てられても男の顔色は全く変わらなかった。
むしろ楽しそうに口元を歪めてさえいる。引き金を引けば今すぐにでも男の命を奪うことができる、そんな有利な状況であるはずの渉輝は、トリガーにかけた指先が震えるのをどうしてか抑えることができないでいた。

恐らくそれは、本能的に悟った強者に対する畏れと怯え。

しかしそれを認めるだけの余裕を渉輝は持っていなかったし、その上渉輝の頭には先ほどの女の声が異様なほど深く頭に刻みついて離れてくれなかった。
どこかで聞いたことのある声。けれどどこで聞いたのか思い出せない。そんな渉輝の思考を読んだように男が急に声をあげて笑い始めた。

「っはは、まさか自分の仲間だった人間の声も思い出せないんですか?――酷い方だ。あなた方に裏切られた可哀想なあの方はお一人で我々に立ち向かったというのに」
「何を言って……っ、まさか?!」

脳裏によぎった一人の少女の姿に渉輝は全身を泡立たせた。
(まさかまさかまさか!そんなことがあるはずない…!)
渉輝の顔が驚愕に染まっていくのを背後から感じ取り、男は口角を釣り上げた。

「今あの方の邪魔をされると困るんですよね。というわけで、本崎さん」
「―――っっ!」
「あなたには死んでもらいますよ」

いつの間に抜いたのだろう。少しでも動けば撃つことができるように警戒していたというのに。
何なんだ。何が起こったんだ。ゆっくりを眼を下に動かすと、腹部に突き刺さった刃。

ズブリ…

「ぁあ…っ!ぐ、ちくしょうッ…!」

かすんでいく視界の中で男をとらえて渉輝は引き金を引いた。





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