時は30世紀。
世界は闇に包まれていた。

22世紀から頻繁に起こり始めた世界各地での大小さまざまな戦争は大地を荒廃させ、
各国の、特に発展途上国の急激な工業発達がもたらした汚染は人々から空を奪い、水を奪っていった。
人々の心に闇が巣食い、些細なことで争いが起き、1日に何万と言う数の命が失われていく。

21世紀、中心国であったアメリカやイギリスなど欧米諸国は戦争によってその国力の大半を失い、衰退していった。


やがては国の政府も機能しなくなり、いつしか世界は“ある組織”によって支配され始める。


彼らは各地域ごとに機関をつくりあげ、そして支部と言う形でそこを支配した。
彼らをルールとするその場所で、歯向うことは許されない。

逆らった者たちは次々と殺されていった。

そして、これらの支部をまとめ上げる本部が、日本に存在する。
今や世界はこの本部を統括する男に支配されかかっていると言っても過言ではなかった。

男の、そして機関の目的も教えられぬまま人々は彼らにおびえながら毎日を過ごさなければならなかった。

そんなとき、少年、少女ら若い層の人間を中心としたあるグループが機関に逆らい始める。
彼らも機関と同じく各地域にそれぞれグループを分散して存在していた。

そのグループを統率する者たちがいるのもやはり日本だった。




日本を舞台に、今戦いの幕が切って下される。












Distiny−第1話−  fare well[別れ]












「……おったか?」


上総諒(かずさりょう)は暗闇を見つめる小さな背中に問いかけた。
諒の声に少女は双眼鏡から目を離しゆっくりと彼の方を振り向く。


「あぁ。1人、見つけたぞ」


卯島百合子(うじまうりこ)は諒に双眼鏡を手渡すと視線を自分が今まで見つめていた方に向けた。
諒も百合子の見つめている方向を見つめた。

双眼鏡から目を離さず諒は百合子に言った。


「百合子、悪いんやけど梨奈に知らせてきてくれへん?」
「わかった」


百合子は小さく頷いて今は廃墟となっている建物の中へ入っていった。
その足音がだんだん小さくなっていくのを聞きながら諒の意識は木の陰にむかっていた。

生い茂っている木が邪魔でハッキリと姿は見えない。
が、それの姿を先ほど双眼鏡をのぞいたとき諒は見つけた。

銃を握った女が無線機で誰かと話をしながらこちらの様子をうかがっていたのを―――…


「………なんや、いやな予感がするわ…」


諒が呟いた言葉は夜の闇に消えていった。



一方、百合子は諒に言われた通り“梨奈”の所にむかって走っていた。
そして、一つの部屋の前まで来ると軽くノックをして扉を開けた。


「梨奈、敵だ」


木口梨奈(きぐちりな)は百合子の言った言葉に対して驚いた様子もなく「そう…」の一言を返した。
百合子も梨奈の態度をさして気にせず、ジッと梨奈の言葉を待っている。
机に広げられた書類を片づけながら梨奈は静かな声で訊ねた。


「何人いたの?」
「女が1人」


2人の表情からは焦りや恐怖などは一切感じられない。
また部屋の中を静寂が支配した。


「他のみんなを会議室に集めて」
「了解した」


百合子は梨奈の言葉を聞くと足早に部屋から出て行った。
残された梨奈は整理された書類をチラリと見やり、自分も部屋を出て会議室へとむかった。



「敵だって?」
「何もこんな時に来なくたっていいのに……」


滝口悠大(たきぐちゆうだい)の言葉に北原亜衣里(きたはらあいり)は大きなため息をついた。


「心配するな、亜衣里。敵は1人だって言うしすぐ済む」
「そうだといいんだけど…」


片山龍二(かたやまりゅうじ)は亜衣里の頭をポンポンと撫でながら優しく言った。
だが、亜衣里の表情はまだ暗く沈んだままである。
そんな亜衣里に疑問を持ったのか、梅宮靖史(うめみややすし)は首を傾げていった。


「何か、あるんですか?」
「麻子、熱が出て今寝てるのよ」


靖史の問いに答えた亜衣里は再びため息をついた。
本当に“麻子”が心配でたまらないらしい。


「おしゃべりはそこまでにして」


テーブルの真ん中にたった梨奈がピシャリと言いはなった。
その声に集まった7人は梨奈の方を向く。


「敵に居場所がバレた以上、すぐにここを離れるしかないわ」


静かな声で梨奈は続ける。


「動ける者だけついてきなさい。動けない者は、置いていく」


梨奈の言葉に亜衣里は顔を歪めた。




「………そしたら、あいつはどうなるんだよ?」


静まりかえった部屋の中に悠大の声が響いた。


「麻子を置いていくのか!?そんなことできるはずないだろ!?」
「動けない者を連れて行ってもかえって足手まといになるだけよ」


鳴る悠大に対し梨奈は淡々と冷たい表情で言った。
誰もが2人を止めようとしなかった。
悠大の言うことも梨奈の言うことも、分かっているから誰も止められなかった。


気まずい雰囲気が流れたその空間に場違いな声が響いた。


「いや〜、悪い。遅くなったわ」


笑みを浮かべた諒が会議室に入った。


「諒、何をしていたんだ?」
「何って、見張りにきまっとるやん…。」


首を傾げて諒に訊ねた百合子に諒は無意識のうちに突っ込んでいた。
そして、周りを見回すと引きつった笑みを浮かべた。


「なんや、この気まずい雰囲気……」


「少し黙っていろ、諒」
「………」


百合子にそう言われては仕方がない。
何が起こったのか聞くのを諦めて諒は傍観に回ることにした。


「麻子には、敵を倒しにいくと伝えればいいわ」


梨奈の言葉を聞くと悠大は何も言わず部屋を出て行った。




* * * 




「……麻子、入るぞ」


悠大は中にいる麻子にむかってそう言うと部屋の中へ入った。
一番奥のベッドに近づくと瀬川麻子(せがわまこ)が荒い呼吸を繰り返していた。


「…悠、大……どしたの…?」
「……麻子、大丈夫か?」
「だいじょう…ケホッケホッ…」


辛そうな麻子を見つめながら、悠大はこれから自分のすることへの罪悪感が広がっていくのを感じていた。


「麻子、あのな」
「……ん…?」
「敵、倒しに行ってくる。すぐに帰ってくるから」

「…気をつけてね。いってらっしゃい」


「うん」


何も知らない麻子は悠大に微笑む。
そんな麻子に悠大も無理矢理笑みを浮かべると静かに部屋から出て行った。

ごめん、麻子…




「………いいかしら?」


梨奈の言葉に悠大はコクッと頷いた。
そして、梨奈を先頭に出口へと歩き出した。




* * *




「……やっぱり私も残る」

「亜衣里…?」


敵と鉢合わせすることもなく無事に建物から出たとき、亜衣里が突然立ち止まった。
ポツリと呟いた亜衣里を見つめる龍二。


「麻子を置いていくのなら私も残る。あの子を1人にできない」


梨奈の目を見つめ亜衣里はきっぱりと言い切った。
その亜衣里の言葉に龍二は慌てた表情になる。


「亜衣里…!」
「龍二、私はあなたを失いたくないわ。とても大切な人だから…。だけどね、私は麻子も大切なの。絶対に失いたくない」


亜衣里の強い瞳にこれ以上何を言ってもだめだろう、と悟った龍二は亜衣里をそっと抱きしめると


「悪いな、亜衣里」
「りゅうっ――」


トンッ…っと亜衣里の首の後ろに龍二の手刀がきまる。
崩れ落ちる亜衣里の体を抱きしめて呟いた。


「俺は、亜衣里が一番大切なんだよ」


2人の様子を見ていた悠大はギュッと手を握りしめた。

そのとき



――カッ!


ドオォォォオォォォォンッッ!!!!!!





爆風に加えて熱気が辺りを包み込む。
思わず瞑っていた目を開けてみると、先ほどまでいた建物がゴウゴウと音を立てて燃えていた。


「……ウ、ソだろ………?」


呆然と立ちすくむ悠大。
同じように梨奈達も燃えている建物を見つめていた。


「――麻子!!」
「待ちなさい、悠大!」


走り出そうとした雄大の腕を梨奈は掴む。


「なんだよ!?麻子が…、麻子がまだあの中にいるんだぞ!?」
「敵が来た時点でこうなることは予想できていたはずよ。それに今から助けに行っても、もう手遅れよ」


悠大は自分の腕を掴んでいる梨奈の手を振り払った。


「……麻子……っ……」


涙がこぼれ落ちた。





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