10月も残すところ一日。あの暑かった夏が嘘のように、今では道行く人々もすっかり秋の装いとなった今日。
12/24のクリスマスや2/14のバレンタインなどのように大半の日本人が盛り上がるイベント、ではないと思うのだが、今日は10/31。ハロウィンである。

そして、そんなハロウィンにもっとも馴染みがないと思われる俺こと宮下煌が、なぜ気温が下がってきた夕方、秋風に吹かれながら公園のベンチに座っているのか。
………………俺もどうしてこうなったのか甚だ疑問なんだが。
簡単にいえば我が家で最も可愛がるべき妹と弟が学校のハロウィンイベントに参加しているのでそれのお迎えというわけだ。
地域の家々を訪問し「トリックオアトリート!(お菓子をくれないと悪戯するぞ)」の合言葉でお菓子を貰うらしい。
ちなみに訪問する家はあらかじめ学校側と地域とで決めてある。
最近は何かと物騒だから学校もルートを決めて子供たちに回らせているのだそう。(そういえば引率の大人もいるってうちのチビたちが言ってたな…)

というか、まだ帰ってこないのかあの二人は。制服のポケットに入れてある携帯を開くとデジタル時計が18:33を示したところだった。
たしかイベントは18:30学校解散となっていたはず。ならそろそろ帰ってくるころか。
そう思い立ち上がろうとした時、道路の方からにぎやかな声が聞こえてきた。

「ソウ、はやくー」
「まってコウ!はしるとあぶないよっ」
「ソウ君もコウちゃんも待ってよう〜」

二つは聞きなれたチビたちの声に間違いないが、最後に聞こえた声。どこかで聞いたような気が…。

「って、蓮見?」
「ほ!やっぱり煌せんぱいだったんですね〜」

公園の街灯に照らされるのはまさしく蓮見紫紀その人、に違いないのだが。

「‥?というか蓮見、お前何て格好「「おにいただいまー!」」ぐふっ…」

どすんとすごい勢いで腹にぶつかって…、違った、抱きついてきたチビどもに一瞬だけ眼がかすむ。
俺に絡んでくる奴と喧嘩してもこんなにダメージは受けない。
だというのにチビたちは苦しんでる俺にお構いなしにさらにぎゅうぎゅう抱きついてくる。
あー。ちょっと眼の前に花畑っぽいのが見えるような…。
そんな魂が抜け気味の俺に気がついた蓮見が慌ててチビどもを離しにかかった。

「ちょっ二人とも煌せんぱい死にそうだよお〜!」
「ぎゃっ!おにいごめんー!」
「おにい、だいじょうぶ…?」
「はは‥死んだばあちゃんが向こう側に見えたぞ…」

ぼんやり見えた川の向こう側。そこに確かに祖母が立っていた。苦笑いを浮かべてさっさと戻らんかいとでも言うように手を振りながら――。
三途の川一歩手前までいってたのか…ふう危ない危ない。
改めてベンチに座りなおして溜息をつくとチビたちが不安そうに俺を見上げてきた。

「おにい怒った…?」
「ごめんねおにい…」

しゅんと肩を落とすチビたち。怒っているように思わせてしまった自分自身に苦笑しながら二つの小さな頭にそれぞれ手を置く。そのままぽすぽす撫でながら気にしてないと言うように笑ってやれば二人も安心したようにはにかんだ。

「ひゃわ〜貴重なショットですよう。せんぱいがほほ笑んでるなんて!」
「……蓮見、そういやなんでお前がいるんだ。それに何なんだ?その格好」

こっちはこっちで呆れの溜息しかでない。一人テンションが上がっている蓮見に呆れを含む視線を送りながら、改めてわきあがる疑問。

「え?似合ってないですか?これ、いちおう魔女のつもりなんですけど‥」

黒いふわふわのワンピースと変な方向に先が曲がっているとんがり帽子を触りながら蓮見が首をかしげる。
いや、似合ってる似合ってないの問題じゃないんだが。(まあどちらかと言えば似合ってると思う)
どうしてここにいるのかっていう説明はどこいったんだ。
その俺の疑問にはチビたちが答えてくれた。

「しきちゃんはね、ぼ……ぼ…?なんだっけソウ」
「うんと、ぼらんてぃあ…だっけ?」
「そう!ぼらんてぃあーなの」
「ああ、ボランティアか。じゃあ子供らの引率してたのか」
「そーなんですよう。ほら、今って物騒じゃないですか〜。うちはちょうど小学校区内にありますし、うちのおじいさんが引率を頼まれてたんですけど、おじいさんこの間ぎっくり腰になっちゃってですねえ。他の人はみぃんな忙しいみたいなので、私が代わりにというわけなのですー」

ついでに私もハロウィン楽しもうと思って!
にゃははと笑う蓮見に脱力。小学生に交じってお菓子を貰いに行く高校生ってどうなんだ。
「というわけでー」と言葉をつないだ蓮見を再び見やる。すると何かを企むようなあやしい笑みを浮かべるもんだからこちらも自然と眉が寄っていく。
いったい何を言い出すつもりなのか。

「せんぱい、とりっくおあーとりぃとですよ〜」
「……そうきたか…」

何かくれないと悪戯してやる!と訴える瞳に思わず考え込んだ。
さてどうするか。考えるために視線を落とすと両腕に抱きついているチビたちがイベントで貰ったお菓子を食べたそうにしているのが眼に入った。
帰ったら飯だから我慢しろ、と二人を宥めて――。あ、と思いついた。これで悪戯は免れるな。
コウが持っていたお菓子の袋からひとつだけひょいと飴を取り出す。その瞬間コウが「ああ!」と悲鳴を上げた。

「おにいーっ」
「あとで倍にして返してやるから、な?」
「…むう」

膨れた頬に苦笑しながら、ウキウキして待っている蓮見に手を差し出す。

「そら。これやるよ」

蓮見が広げた手のひらにころんと飴が転がり落ちる。
それを確認したあと俺はチビたちの荷物を持って立ち上がった。

「さ、家帰ってさっさと夕飯食べるぞー」
「おにい、今日何かな!?」
「さあ何かねえ」
「おにいおにい、今日も漬物あるかな?」
「ソウ…お前なんでそんなに漬物好きなんだ…」

固まったままの蓮見を置いてチビたちの手をひく。
10mほど進んだ時漸く蓮見の大きな声が聞こえた。

「ええー!せんぱい、これはだめですようっ。反則ですよう!」
「反則でもなんでも俺はお前に飴をやってそれをお前は受け取っただろうが。その時点でトリックオアトリートは成立してるからな」
「やですー!なんでせんぱい飴玉くれちゃうんですかあ〜。私とっておきのイタズラ考えてたんですよう」
「知らん」
「せんぱいのいじわる〜!」
「悪かったな意地が悪くて。俺はもともとこんな性格だ」

無視してそのまま歩いていると、それまで叫ぶ一方だった蓮見の声ががらりと変わった。

「…帰っちゃうんですか?」
「……なに?」
「…煌せんぱいは、暗い公園に女の子一人残して帰っちゃうんですか?」

そう言う蓮見の表情は闇に霞んで見えないが、それはとても寂しそうな声だった。
そして、蓮見に言われて初めて気がつく。もう辺りは暗くなっており頼りは家の明かりと電灯だけ。
加えて蓮見は多少武道に長けているとは言っても女子で。
極めつけに、最近この辺で出没が騒がれている変質者の存在。
これらの情報がぐるぐると俺の頭の中を回って、出た結論。

「仕方ない。帰りは送ってやるから、うちで夕飯食べていけ」

どうせ今日は大量に作られたカレーだからな。一人増えたって大した問題ではない。

「だから、家に電話して「やたー!せんぱいの家〜」っておい」

全部作戦か。嬉しそうにはしゃぐ蓮見にその言葉を言うことはできず。
俺はまんまと蓮見の策に嵌まってしまったようだった。
だが、

「うれしいなあ」

本当に嬉しそうに笑うもんだから、まあ今日だけはいいかと思う。
そんな10月31日の夕暮れ時。





せんぱいの家のカレーは甘口ですか?
あー…たぶん?
よかったあ。私甘口じゃないとだめなんですよう。
(……どこまで可愛い生き物なんだ、こいつは)






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