「あれは中学2年になったばかりの春だった。公立の、普通の中学校の通ってたわたしには比較的仲がいい男の友達がいた」
ソファに場所を移し、そこで侑妃と晴爾たち3人が向かい合って座る。
きりえは仕事があるから、と侑妃たちに飲み物を用意した後部屋から出て行った。
正面に座っている3人に気づかれないように息を吐く。
大丈夫。怖くない。
ちゃんとみんなと向き合わなくちゃ。
そう自分に言い聞かせて侑妃は静かに話し始めた。
――5年前
「おーいっ姫乃!」
「あ、藤谷」
「喜べっ!今年も同じクラスだぜ俺ら」
「…ふーん…」
「って反応冷っ!ちょっとは喜べよ〜」
「冗談だって。あーうれしー」
「気持ちがこもってない…」
拗ねた声に侑妃はクスクスと笑いをこぼした。
彼の名前は藤谷裕也(ふじたにゆうや)。
1年生の時に侑妃と席が隣になった縁でよく話すようになった人物だ。
「なあ一緒に教室に行こうぜ」
「うん」
笑顔を浮かべる藤谷に侑妃は素直に頷いた。
教室に行くまでの話題は藤谷が提供してくれる。
侑妃はそれをところどころ相槌を打ちながら聞いていた。
そんな彼との空気が侑妃は一番好きだった。
侑妃にはもちろん女の子の友達もたくさんいた。
けれど彼女たちとの関係は上辺だけのもののようで、侑妃は時折息苦しさを感じていた。
事実、小学校の頃自分の容姿が目立つから一緒にいるのだとある女の子に面と向かって言われたことがあったのだ。
だからなのかもしれない。
女子たちがたまに自分を連れてどこかへ行こうとする行為を侑妃はあまり良くは思っていなかったし、ただ一人の女の子を除いてすべての女の子たちとは表面上のお付き合いをしていたようなものだった。
「侑妃、また同じクラスだよっ」
「わ、やった!よろしくね、椿」
椿と呼ばれた彼女は嬉しそうにほほ笑む。
彼女、椎堂椿(しどうつばき)こそが侑妃が心を許している唯一の女友達だった。
「おい姫乃っ、席あっちだぜ」
「あ、うん分かった」
「藤谷、あたしらの中に割って入るなよ」
「別に、お前には関係ないだろ、椎堂」
「関係あるね」
椿の鋭い睨みに藤谷はややたじろぎ、「先に座ってるかんな」と侑妃に残して自分の席に行ってしまった。
その背中に向かってべーっと舌を出す椿。
そして侑妃は彼女のそんな姿に苦笑しながら先ほど浮かんだ質問を椿にぶつけてみた。
「どうして椿はそんなに藤谷のこと敵対視するの?」
「だって、あたしあいつのこと嫌いだし」
「そうなんだ…」
比較的誰とでも仲の良い椿にしては珍しい言動だと侑妃は目を見開いた。
それでも人それぞれだと自身に言い聞かせて、自らもまた自分の席へと向かったのだった。
あの時、椿になぜ嫌いなのかを聞いていれば、何かが変わったのだろうか。
時間は流れ、夏。
侑妃は椿と一緒に帰るために教室で椿を待っていた。
その日の授業の復習をしようとノートを開き問題を解いていた時
「…姫乃」
「あ、藤谷。どうかしたの?今部活の時間でしょ」
教室のドアのところに藤谷が立っていた。
侑妃が小首をかしげて彼に訊ねると、
「ちょっとさついてきてほしいんだけど、今いい?」
「?いいけど…」
ペンを置き立ち上がる。
椿が戻ってきた時のために書置きでも残しておこうかと一瞬思ったが、教室にはまだ数人のクラスメートが残っていたため、彼らに聞けば何とかなるかと楽に考えてしまった。
そして、事件は起こる。
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