「猫、ですか」
こんなにも早く見破られるとは…。
その事実に多少驚きながらも、燎に口元だけの笑みをむける。
何のことやらさっぱり。
そんな意味を込めて。
お姫さまの秘密[2]
「あなたこそ、その胡散臭い笑顔をやめたらどうです?」
「!」
これが、侑妃が猫をかぶり続けている最大の理由。
燎もまた彼女と同じように演じているのではないか。
何となくそう思っていたから。
「……」
「……」
静かな攻防戦が繰り返される中で、先に白旗を揚げたのは燎だった。
「まいった…俺の負けだ。まさか一発でこれを見抜く人がいるとはな」
降参とでもいうかのように、奴は両手をあげてふぅと息をついた。
胡散臭い笑顔も消えて今の奴の顔には表情がない。
表情がないと言うと、なんだか変な感じだけれども。
「そんな胡散臭い笑顔むけられて気付かない方がどうかしてますね」
「たいていの奴は気がつかない」
椅子にその背をあずけてネクタイをゆるめながら彼はため息をついた。
これがこの人の素の状態なのか。
先程までの笑いは何処へやら。今やもう笑みの面影さえ見当たらない。
それでも何ら威圧感などを感じないのは彼の侑妃を見つめる眼差しがやさしいものだから。
侑妃はそんな事には気が付いていないけれど。
「侑妃もいい加減疲れただろ?猫被るの」
そろそろ終わりにしようぜ。
まるでネタは上がってるんだ、という言い方である。
バレちゃあしょうがねぇ。そろそろ終わらせるとしようか。
…な〜んて
そんなこと、これっぽっちも思っちゃないんだけど。
「何を仰るやら。目上の方、しかも大手財閥の人間であるあなたに気安くできるわけがないでしょう?」
ニコリとこれまた取って付けたような笑みを顔に貼り付けて侑妃はそう言った。
"大手財閥の人間"
そう言った瞬間、燎の表情が動いたのも見逃さなかった。
キョトンと目を点にしているとでもいうのだろうか、首をかしげて彼は訊ねた。
「侑妃は俺が誰だか知らないのか?」
「?だから一ノ宮の人間でしょう?」
「そういうんじゃなくて、本当に知らないのか?」
「いったい何なんですか?さっきから」
しつこいほどの燎の言葉に侑妃は多少苛々しながら彼を見る。
「いや、俺、一応一ノ宮グループの跡取り息子なんだけど」
なぜだか嬉しそうに彼はそう言ってのけた。
「知ってますよ。だから一ノ宮の人間だって私も・・言って・・る・・・・・・・・え?跡取り?」
「おう」
「あ、ととり・・・ってことは・・・・・御曹司ぃぃ!!!??」
「そう言ってるだろ」
御曹司=次期社長
次期社長の命令→絶対服従
逆らったら→守代家に迷惑が・・!
「それだけは勘弁してください・・。普通にしゃべるから・・・」
「それでいいんだよ」
観念してそれだけを言うと燎は満足そうな表情を浮かべた。
と、その時
――コンコンッ
「何だ?」
「燎さま、夕食の準備が整いました」
「あぁ、すぐに行く」
使用人の言葉にそれだけを返すと、燎はおもむろに立ち上がった。
その動作を眼で追いかける侑妃。
すると奴はこちらを振り向き「何してんだ」と眉をひそめて訊ねた。
「は?」
「…あのな、侑妃。お前、飯食わないつもり?」
「あぁ!」
そう言われて、燎が夕食を食べに立ち上がったことに今更ながら気が付く。
慌ててベッドから降りてベッドサイドに置かれてあった自分の靴を履くと、侑妃は燎の後を追った。
* * *
「あー…ごはん美味しかった」
ぽちゃんと湯船につかりながら先程の食事を思い出して溜息をついた。
所かわって、侑妃は今部屋に備えつけてあったお風呂に入っている。
食事の後文句を言う暇もなく入れられたのだ。
「何なら一緒に入ってやろうか?」なんて変態チックな言葉を爽やかな笑みを浮かべてのたまった奴には蹴りをいれてやったが。
「って…なんかこの短い時間でずいぶん気を許してないか、俺」
それは、この誘拐事件が保護者公認の誘拐だからか。
それとも奴の持つ空気がそうさせるのか。
会って数時間しか経っていないが、奴の人となりと言うものが何となくわかってきた。
口は悪いし、態度はでかい。
典型的なオレ様気質のようだが、意外と面倒見がいい(夕食ごちそうになったし)。
時折見せる切なげな表情が気になるが、今のところわかっているのはこれくらいか。
…でも、まだ信用はできない。
奴はアイツと同じ"男"だから。
「あぁー!!考えてても仕方がないッ。なるようになるさ」
慧さんとも知り合いのようだし、悪いようにはしないだろう。
ザバッと勢いよく浴槽からでた。
そして何気なく風呂場の鏡を見て、
「ッ!!………やばい…」
侑妃は一言呟いた。
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