「酷い顔・・・」
鏡に映った自分の姿を見て侑妃は深いため息をついた。
「初めて会った時もそんな顔してたわね」
「――え?」
お姫さまと3人の親友[2]
顔をあげると、鏡に映る一人の女性。
スラリとしたナイスバディーの彼女に侑妃は見覚えがあった。
「っ!?・・きりえ、さん?」
「お久しぶり、侑妃。ご機嫌いかが?」
鏡越しにこちらに向かってひらひらと手をふるのは、加川きりえ。
昔――といっても5年ほど前だが――侑妃の家庭教師として守代家に雇われていた女性だ。
そして
「どうしてここに、きりえさんが‥」
「あら。言ってなかったかしら?私、今遼さまの秘書をやっているのよ」
「え‥!?」
一ノ宮遼の秘書の一人でもある。
他の秘書はご存じ、ちょっぴりヘタレの深山氏だ。
「それよりも、どうしてまたそんな顔になっちゃったの?ホームシックかしら?」
冗談めかして言うきりえに、侑妃は「そんなんじゃない‥」とため息をついた。
「じゃあ何?――また、あの時の事を思い出したの?」
その言葉にも侑妃は首を振り、そしておもむろに口を開いた。
「…夢、が…」
「夢?」
「よく憶えていないけど、懐かしくて、でもとても切なくて……」
「“気付いたら泣いていた”?」
「うん…」
氷で瞼を冷やしながら、侑妃は朝のことを思い出す。
あの懐かしくて、せつない気持ち。
そして、かすかに胸に残っていた甘い気持ち。
どんな夢だったのだろう。
「ま、感傷に浸るのはそれくらいにして」
「浸ってない」
「まだ自分を偽ってるみたいね?学校のお友達は信用できない?」
「‥なんで、知ってるの‥」
「侑妃のことなら全部知ってるわよ〜。慧さまから時々連絡を頂くし、それに、ね」
「?なに?」
「何でもない」
クスリと有無を言わせぬ笑みに侑妃は「‥そう?」と一言だけ返した。
あの笑顔を浮かべた時のきりえを深く追求してはならない、ということを侑妃は身をもって学んでいた。
「そ・れ・で?あの学園に転校してもう4年よ。晴爾くんや柚夜ちゃん、華夜ちゃんはそんなに信用できない人なのかしら?」
「3人の名前まで知ってるんだね」
「侑妃の事だから」
笑顔のきりえ。
これは、きちんと話すまで解放してはくれないな。
そう思って侑妃は息を吐いた。
「…みんな優しいよ。わたしのことをちゃんと見てくれてる。でも――」
「侑妃。裏切られることを恐れていては前には進めないわよ」
「っきりえさんは!‥裏切られることがどんなに辛いことか知らないからそんなこと言えるんだよ…」
一瞬声を荒げ、侑妃はずるずるとその場に座り込んだ。
静かに紡がれた言葉はかすれ、それは侑妃が泣いているのをきりえに教えた。
「…侑妃は、彼らがそんなに簡単にあなたのことを裏切ると思っているのね。そんな人間だと、あなたは思っているのね」
「そんなこと思ってないっ!」
「いいえ、あなたはそう思ってるわ。だから学校でも自分を偽っているんでしょう?だから彼らに本当の自分のさらけ出せないんでしょう?」
厳しい言葉が飛ぶ。
できるなら耳を押さえたいと侑妃は思った。
けれど、そんなことできるはずがない。
さらにきりえの言葉は続いた。
「あなたは彼らの優しさに甘えているのよ。何も聞かないでいてくれる、彼らの優しさにね。でも、いつまでも甘ったれてるんじゃないの。みんな待っているはずよ、本当の侑妃を」
侑妃のように声を荒げたりはしなかったけれど、きりえの言葉は侑妃の中で大きく鳴り響いていた。
「‥本当、は…偽っていない自分をみんなに見せるのが怖いんだ」
膝に顔を埋め、溢すものは涙と、本音。
「4年間ずっとみんなに嘘をついてきた。本当のわたしを知られた時に、みんなに嫌われるのが怖い‥」
きっと軽蔑する。
ずっと一緒にいたのに、ずっと嘘の私だったなんて。
「またそんなこと言う‥」
「え‥?」
「いい?さっきも言ったけれど、侑妃はたったそれだけのことで3人があなたのことを嫌うと思っているの?たったそれだけのことで3人があなたの事を嫌う人間だとそう思っているの?」
「たったそれだけって…それだけのことじゃないからこうして悩んで――」
「今はそう言うことを言ってるんじゃないの!」
「はい‥」
「じゃあ聞くけど、たとえば3人の中の誰かが侑妃と同じで嘘の自分を普段見せていたとします。あなたはそれを知ったとき、その人を嫌いになる?」
侑妃の前に座り、先ほどよりは大きな声できりえが尋ねる。
「…どうだろう……、嫌いになるかどうかは分からないけど、傷つきはするかな…」
「どうして?」
「全部‥言葉も笑顔も全部嘘だったのかなって思うから」
「侑妃はどうなの?言葉も笑顔も全部嘘だったの?」
その質問に侑妃は顔をあげた。
涙の跡が頬に残っている。
「‥嘘じゃない。しゃべり方とかは嘘でも、気持ちとか笑顔は全部本物だよ」
「でしょ?そのことは3人ともよくわかっていると思うわ。だから、本当の侑妃を知っても絶対に嫌いになったりしない」
侑妃の頬に残る涙を自分の指で拭ってきりえはきれいに微笑んだ。
その笑顔に後押しされるかのように、侑妃も小さく、それでいて力強く頷いたのだった。
Back Next
Index Home