「侑妃」
「なに?」
「クリスマスは空けておけよ」

「は…?」

そんなことを言われたのが十月も半ばに入った頃。





そして、十二月。
段々と寒さがこの都会でも厳しくなっていく中で、待ちに待ったクリスマスを迎えた。
街頭はキラキラと輝くイルミネーションでデコレイトされ、道行く家族や恋人たちもクリスマスという雰囲気に心を踊らせている。

それはここ、一ノ宮家別邸も例外ではなく。
使用人を含む皆も気持ちはクリスマス色に染まっていた。


二十四日。午後五時を過ぎた頃。
侑妃の部屋に夏を始めとした大勢の使用人が詰め掛けた。


「え…、え?なに?どうし――」
「侑妃さま」


どうしたのか、という侑妃の言葉が音となる事はなく、彼女の言葉を遮った夏は眼をキラリと輝かせた。


「問答無用でこちらに着替えてくださいまし!」


おやりなさい!と夏が叫べば彼女の背後に控えていた使用人たちが一斉に侑妃を取り囲み、そして…。


「え、っ…!?ひゃわああぁぁ!」









***










「ほらほら、侑妃さま。もうその様なお顔をなさるのはよしてくださいな」


ぶすっという効果音がもっとも適している、そんな顔をした侑妃を苦笑を浮かべた夏が宥める。
けれどその間も夏の手は忙しなく侑妃の顔に化粧を施していた。
夏の手がチークをつけ終わるのを待って侑妃はやっと口を開いた。


「…じゃあ化粧やめて」
「それは出来ぬ相談です」
「ううっ」


侑妃の切実な願いを夏は一刀両断した。
項垂れる侑妃の顔を「もう、侑妃さま。まだ終わっておりませんよ!」と言って再び上げさせ、夏はその唇にさっと紅をひく。
もやは使用人たちのなすがまま状態。
漸く諦めの境地に達した侑妃ははあ、とため息をついた。


「よく似合っておられますよ、そのドレス。流石燎さま自らお選びになっただけありますね」
「燎…が、選んだ、の?」
「はい、そうですよ」


侑妃を上から下まで見渡して満足げに頷いた後、夏は「綺麗ですよ、侑妃さま」と微笑んだ。
夏の言葉に侑妃は顔を赤くして


「ありがと…」


蚊の泣くような小さな声で呟かれたそれは、けれども夏をはじめとした使用人たちの耳にはちゃんと届いていて。
彼女たちは皆一様に同じことを思った。


((侑妃さま、可愛過ぎです…!))


対する侑妃は使用人たちがそんなことを思っているとはつゆ知らず。
鏡に映る自分の姿をしげしげと見つめた。


燎に誘拐された夏から伸びたトパーズ色の髪は緩いウエーブがかけられ上品に結わえられている。
薄く化粧も施され、ネックレスやら何やらつけてはいるが下品ではない。

そして、燎が選んだという、ドレス。
自分の瞳よりも濃い色。けれどそれは侑妃の青い瞳に映えて、彼女にとてもよく似合っていた。


侑妃の準備が整ったを見計らったように部屋のドアがノックされる。


「侑妃、準備はできたか?」
「燎…」


白いフォーマルスーツに身を包んだ燎が部屋に足を踏み入れる。
そして未だ鏡の前に座ったままの侑妃の姿を見てふ、と口元を緩めた。


「よく似合ってるな。綺麗だぜ、侑妃」
「あ、…ありがと…」


先ほど夏に言われた言葉であるにもかかわらず、またしても侑妃の頬に赤みが差す。
その様子に燎は思わず目じりを下げた。


「可愛過ぎ、お前」
「ばっ、馬鹿なこと言わないで!それより、いきなりこんな格好させて、どういうつもり?」
「どうって、決まってるだろ?」


「俺と、デートしませんか?お姫さま」


にやりと口の端を吊り上げ、まるでどこかの王子様のように片膝をついて侑妃の前に片手を差し出す。
様になっているから、文句の言いようもない。
侑妃も言葉が出ないようで何度か口をパクパクさせた後、視線をさまよわせ次いで大きくため息をついた。
もはや自分が諦めるしかないことを確信したらしい。

無言で、けれど赤い顔のまま自分の手をとった侑妃を見て燎はそれまでの不敵な笑みを消してとても嬉しそうに笑った。










ふたりだけのクリスマスは、まだこれから。





その後



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