9.うっかりお帰りっていっちゃたけど



「え?話したいこと?今から?」


神楽ちゃんの帰りを待っていると、大学の友達から電話がかかってきた。
何でも話したいことがあるから今から会えないか、だそうだ。
今出ていくといつ帰ってこれるかわからない。
それに神楽ちゃんが帰ってきてもお昼ご飯の用意ができていないから、結果として神楽ちゃんを待たせることになる。


「それって今からじゃないといけないの?」


そう受話器の向こう側に問いかけたとき、玄関のドアが開いた。






「(あ、神楽ちゃん帰ってきた)」


スーパーの袋を手に提げて恨めしそうな眼差しを向けてくる神楽ちゃん。
その様子に思わず苦笑いを浮かべてしまった。


『じゃあ楢崎、今すぐ来いよ!』
「え?あ、ちょっと大神くんっ」


ブツッと一方的に切られた電話。
わたしは大きくため息を吐いた。

大神くん。同じ学科の人で、入学当初からの仲だ。
...話ってなんだろ。


「おい、買ってきたぞ」
「え、あぁ。ありがと、神楽ちゃん」
「・・・今の電話・・」
「うん、大学の友達がね、話があるから今から会いたいんだって。どうしよう、神楽ちゃん・・」
「何で俺に聞くんだよ。行ってくればいいだろ?」


俺には関係ない。

冷たい声だった。
"関係ない"
今朝自分が神楽ちゃんに吐いた言葉だ。
あの時わたしは平気でこの言葉を吐いた。


けれど、どうしてだろう。


神楽ちゃんにそう言われると、

胸が、痛い。


「う、ん・・。ごめんね、ちょっと行ってくる」


どうしてこんなに泣きたい気持ちになるのか、この時のわたしにはわからなかった。





* * *





「あっ、楢崎!」
「大神くん」


わたしを見つけ大神くんが笑顔を浮かべて走ってくる。


「なに?話って...」
「うん、あ、あのさ。とりあえず座って話さないか?」


ベンチに向かう大神くんの後ろを歩いていたわたしの心には、まだ先ほどの神楽ちゃんの言葉が響いていた。


「あの、あのな」
「うん」


いつもの彼らしくない、歯切れの悪い言葉を不思議に思いながら、わたしは相槌をつく。
彼はちらりと私を見るとふぅと大きく深呼吸をした。
その行為に場の空気が改められるような気がして、わたしは思わず居住まいを正す。


「・・楢崎、あのな、俺・・・お前のことが好きだ」
「え・・?」
「俺と付き合ってくださいっ」


頭を下げる大神くんを見ても、わたしは今自分に言われたことが信じられないでいた。
大神くんが、わたしのことを好き...?

その時、脳裏に神楽ちゃんの姿が浮かんだ。


あ、そっか・・。そうなんだ。


「あの・・、大神くん」
「はい!」
「ありがとう」


あなたのおかげで気づくことができた。


わたし、神楽ちゃんのことが好きなんだ。


「・・わたし、大神くんとは友達でいたい。ごめ――」
「ストップっ!」


わたしの言葉を遮って、大神くんは「あ〜あ・・」と手で顔を覆ってしまった。
何か言葉をかけようと口を開くが、なにも言葉が見つからない。
それに、わたしがこれ以上何かを言おうものならば、確実に大神くんを傷つけることになる。


「そんな顔すんなよ。・・ってそうさせてるのは俺か」


いつの間にか顔を覆っていた手はなくなり、大神くんは困ったような笑顔を浮かべてこちらをみていた。
こんなにやさしい人を、わたしは傷つけてしまった。


「・・っ・・・」
「お、おい!?なんで泣いてんだよ!?」
「わかん、ない・・」


そう言うと、彼は「よしよし」とやさしくわたしの頭をなでてくれた。


ごめんね。
気持ちに応えてあげられなくて。
ごめんね。
やさしいあなたの心を傷つけて。


「・・大神くん」
「ん?」


スン、と鼻をすすって彼を見つめる。


「好きって言ってくれて、ホントにありがとう」


わたしにできる、最高の笑顔で。


「おぅ」


眼尻に涙を浮かべながら、彼も微笑んだ。





* * *





「ただいま〜」
「遅ぇっ!!ってええぇ!!?」
「・・忙しい人だねぇ、神楽ちゃん。今度はまた、何に驚いてんのさ?」


ドアを開けたら目の前に神楽ちゃんが立っていました。
驚きたいのはこっちだよ、神楽ちゃん。
先ほどまって怒っていたくせに、わたしの顔を見た途端静かになった。
そんなにすごいことなってる?顔・・。


「・・・目、赤いぞ」
「赤いね」
「・・・ヤられたのか?」
「何バカなこと言ってんの」
「じゃあなんで」


眉根を寄せて私を見る神楽ちゃん。
よほど気になるのだろう。
「教えろ」と彼の眼が訴えかけてくる。

でも。


「神楽ちゃんには教えてあげなーい」
「はあ!?なんでだよっ」
「・・いつか、教えてあげるよ」


笑みを浮かべて、わたしは「さあご飯作るよー!」と神楽ちゃんの横をすり抜けた。


「おいっ」
「んー?」


くるっと振り向けば、こちらに背中を向けたままの神楽ちゃんの姿。


「お、おかえり…、秋」


むき出しの耳が赤く染まっていた。


「ただいまっ」



なんだかとても嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。






→10.それから二週間



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