第二章 お姫さまの秘密[1]



婚約者…。


そんなバカみたいな話、信じられるわけないのだけれど。
実は、心当たりがない、というわけでもないのだ。


「………すいません、電話を貸して頂けますか」


普段ならポケットに入っているはずの携帯はどうやら拉致された時に持っていかれてしまったらしい。
仕方なく燎に電話をもとめては見たのだが…。


「どこに電話する気ですか?」
「…別に、心配しなくても大丈夫です。警察になんか電話しませんから」


案の定警戒されてしまった。
別に警察に電話する気はないんだけど。


「ただ、その婚約の話が嘘か本当か確かめるだけです」


だから早く電話貸せ、と視線で訴えると渋々ながらも燎は自分の携帯を貸してくれた。
携帯をいじる侑妃を横から燎がジッと見つめている。
そんなに見られると気が散るのだけど。

何回かのコール音のあと、『はい』というありきたりな言葉が電話の向こうで発せられた。


「あ、もしもし慧(けい)さん?侑妃です」


"慧さん"
その名前が出た瞬間燎の表情が硬くなったことに、電話の向こうに意識がいっている侑妃が気付くはずもない。


『侑妃?なに、どうかしたの?』
「あの、今週の土曜日に予定してたお見合いのことなんですけど――…」


何度も断ったのはずなのに、いつの間にか決まっていた見合いの席。
今週の土曜に見合いをしなければならないと聞いたのはつい2日前のこと。
何が嬉しくて自分の誕生日に見合いなんかしなければならないのか…。


「先方のお名前を教えてくれますか?」
『あぁ、一ノ宮燎くんだけど…それが?』


あぁ、どうして当たってほしくない時に限って自分の勘はさえているのか。


「・・いえ、ただ気になっただけですから、お気になさらず・・・」
『そう?それならいいんだ。あ、今度の土曜だけど母さんの変わりに僕が行くことになったから』
「は!?」
『何か問題でもあるのかい?』
「・・・いいえ・・」
『そう?じゃあ今度の土曜日に会えるのを楽しみにしているよ』
「はい」

『ってそこにいる燎くんにも伝えておいてね』


「・・・・・」


なぜ慧は自分が燎のところにいるのを知っているのか。
不思議に思ったが、侑妃はあえてその疑問を意識の外に飛ばし終話ボタンを押した。


「侑妃?」


膝に顔を埋めて深い深い溜息をつく侑妃を不思議に思ったのだろう。
燎が少し心配そうに訊ねる。


「…なんでもありません。慧さんが今度の土曜日に会うのを楽しみにしてると伝えてくれと」
「……へぇ」


明らかに、今までのものとは違う反応を見せる燎。
今までの胡散臭い笑顔はどこへやら。
笑顔は引きつり、眉間にはかなり薄くだがシワが寄っている。
慧と会うのが嫌だと言っているようなものだ。


「………なんですか?その変な顔……」
「いや、なんでもありませんよ?」


なんでもないという表情ではないだろう…!?
そう言いたくなる衝動を何とか抑えて、侑妃は気にしてない風を装った。


「ならいいんですけどね」


そういった次の瞬間、これ以上ないほどの辱めを受けたような気がする。



ぐうぅぅぅぅう



「……………」
「………………すいません………」


恥ずかしくて死にそうとはまさにこういうことなのか。
穴があったら入りたい…!

予想外に大きく鳴った侑妃のお腹の音は、完全に燎の耳まで届いていた。
その証拠に燎は今必死で笑いをこらえているところだ。


「ふっ…くく…ッ……」
「……笑うのなら大きな声で堂々とお願いします」
「ッ…ははっ…!」


大きな声で堂々と。
そう言ったら本当にその通りにされてしまった。
まぁ、笑いを耐えられるよりマシだけれど。

でもムカつく。

ジトッと燎を睨むと奴は何とか笑いを収めてくれた。
顔の方はまだ笑いが残っているけれど。
いや、奴は会った時から笑ってるか。


「ふぅ…。すみませんでした。見事な鳴りっぷりだったもので、つい」


なにが「つい」だ!と思いつつも冷静にその言葉を受け流す。
腹が減っては戦はできないって言うし!
「すぐに夕食の準備させます」という燎の言葉を聞きほっと一息。
誘拐されたと知った時はどうなることかと思ったけど、案外こいつは良い奴かもしれない。
…なんて無意識のうちに思っていた自分に気がついた。

いやいや、油断は禁物!
あの胡散臭い笑顔の下にはきっと何かがあるに違いない…!

そう思い直して燎の方を見るとバッチリ目があってしまった。


「な、なんですか…」
「いえ…、侑妃」
「また呼び捨てですか」

「そろそろ猫をかぶるのやめにしませんか?」


侑妃の言葉をさらりと無視し、奴はにこやかにそう口にした。





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