第二章 お姫さまの秘密[3]
「………やばい…」
これをやばいと言わずして、何と言おうか。
完全に忘れていた。
どうしてこんな重要なことを忘れたりするんだ、自分。
ガックリと項垂れてみても過去がかわるはずもなく。
諦めて再び鏡を見る。
今の侑妃の色は、普段とはまったく違う色。
トパーズ色をした髪に、色素の薄い青の瞳。
別に両親が外国人だというわけではない。
二人とも写真で見る限りはどこにでもいる日本人のように見える。
"見える"だけで実際は違ったのだけれども。
母親の父、つまり祖父がどこかの国の人だった。
祖父の髪の色は侑妃とおなじトパーズ色。瞳の色も同じく。
母は祖父の色を受け継いではいなかった。
だから侑妃を産んであら吃驚。
両親二人ともが持っていない色を侑妃が持っていたというわけだ。
「隔世遺伝、だっけ・・?」
髪を弄りながらつぶやく。
面倒なことに巻き込まれるのがイヤで、いつもカラコンとヘアスプレーで色を誤魔化していたのだが…。
「とりあえず、あがろう……」
湯につかりすぎたせいだろうか、少し頭がぼぉっとしていたが侑妃は浴室を後にした。
* * * *
「…お…っ…俺の服は!?」
バンッと思い切りドアを開け放ち、ソファに座っていた燎に詰め寄る。
風呂からあがってみれば先ほど自分が着ていた服がきれいさっぱり消え去っていた。
代わりに置かれていたのは・・
「なんでイチゴ柄のパジャマ!?」
「かわいいだろ。侑妃に似合うと思って用意させたんだ」
からからと笑う燎と恥ずかしすぎてもう何も言えない侑妃。
「ってか服っ」
「あぁ、渡した」
「誰に!?」
「もちろん使用人に」
ものすごい形相をしている侑妃とはうってかわり、燎は悪びれない笑顔でそう言った。
使用人さんに渡した=洗濯にだしちゃった
なんてことすんだ…!
心の中でそう叫ぶ。もちろん声に出すわけがない。
「で、なんでタオル被ってんの?」
「……別に、アンタには関係ない」
「ふーん…」
グサグサと奴からの視線が突き刺さる。
間違っても「髪を隠すために被っているんです」とは言えない。
絶対に言えない。
目の方は一応カラーコンタクトをつけてはいるが、恐らくばれるのも時間の問題だ。
「髪の毛拭いてやろうか?」
「結構です」
「でもまだ濡れてるみたいだぞ」
「…いいんです」
っていうかタオルで髪の毛隠してるんだから濡れてるなんてわかんないじゃん。
そう心の中で突っ込みながら、タオルを奴から守る。
「遠慮すんなよ」
「遠慮なんかしてない」
「遠慮してんじゃねぇか」
「だからしてねぇっつうの」
「何処が遠慮してねぇんだよ。いいからタオル貸せ」
「やだ」
「わ・た・せ」
「い・や・だ」
端からきくと低レベルな争いに見えるが、本人たちは至って本気だ。
方やタオルをもぎ取ろうと相手に隙ができるのをうかがっているし、方やそのタオルをもぎ取られまいと必死で守っている。
今回も先に折れたのは燎の方だった。
「まあいい、今日の所は勘弁してやろう」
「(何か言葉が間違ってないか?)」
「ここは侑妃のための部屋だから、好きなように使うといい」
「…わかった」
こんな広い部屋、いらないっての。という言葉は呑み込んでおく。
部屋を与えてもらっただけマシだ。
「それと、使用人を一人侑妃に付ける」
「は?」
――コンコンッ
「失礼します」
まるで燎の言葉を待っていたかのように一人の女性が部屋の中へと入ってくる。
紺色のメイド服に身を纏っているその人は侑妃にニッコリと微笑んで見せた。
「初めまして、侑妃さま。今日から侑妃さまのお世話をさせて頂くことになりました、楢崎夏(ならざきなつ)と申します」
「え…え?」
状況を未だ把握できていない侑妃は燎と夏を交互に見やる。
「一ノ宮の別邸と言ってもこの屋敷は相当広いからな。だから彼女を付けたんだ。迷子になりたくはないだろう?」
「ッ!こんなところで迷子になんかなるか!!」
「そう言った人間に限って迷子になンだよ」
「だから――ッ」
瞬間視界が真っ白になった。
足から力が抜けてクラッと体が傾た。
「ッ侑妃!」
「侑妃さま!!」
床の上に倒れる一歩手前のところで燎が侑妃を抱きかかえる。
頭を押さえる侑妃を燎と夏が心配そうにのぞきこんだ。
「大丈夫か?」
「‥だ、いじょうぶ…」
そう言ったところではたと気が付いた。
…ない。
何がないって、
「ッあぁー!」
タオルが頭の上から消え去ってたのさ。
その証拠にタオルは自分の目の前に落ちている。
侑妃は急いでタオルを拾おうとしたが
「そんなもん、いつまでも被ってんな」
「そうですよ、侑妃さま。この家の者は皆すでに侑妃さまの本当の姿を存じております」
燎の腕に体を引き寄せられ、目の前でほほ笑む夏の言葉に唖然とした表情を浮かべてしまった。
「じゃあ今日はもう寝ろよ。色々あって疲れてるだろうしな」
そう言ってドアノブに手をかける燎。
疲れの原因はお前だけどな。そう言いたいのを我慢して侑妃は軽く頷いた。
「お休み、侑妃」
「…ぇ」
ちゅっという音と共に頬に不思議な感触。
状況が把握できていない侑妃はただ頬を抑えて部屋から出て行く燎を目で追うだけ。
…いまの、キス………?
部屋から出て行った、諒の憎たらしい笑顔がよみがえる。
「は…ぅあ・・・・」
「キャー!侑妃さま!しっかり!!」
侑妃はショックで気を失った。
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