I wish...
「好きだよ」
唐突に彼女が言った。
いきなり何を、という目ですぐ傍にいる彼女を見やる。
彼女は虚ろな表情でどこか遠くを見つめていた。
窓から入り込む涼やかな風がふたりの髪をさらさらと弄んでいく。
小さくどうしたの、と問えば彼女は再びその言葉をこぼした。
「好き」
囁くような声で彼女は紡ぐ。
壊れた機械のように何度も何度も。
静かな白い空間に彼女の声だけが響いている。
僕はただそれを黙って聞いていた。
「ずっと、ずっと好きなの」
そう呟いた彼女の声が震えていたことに、気がつけないはずがなかった。
泣いているの。俯いてしまった彼女に僕はただ訊ねることしかできない。
「‥離れて、行かないで」
その細い肩が震えているのに、僕にはどうすることもできない。
「おいていかないで…」
そのすべらかな肌に伝う涙をぬぐうことも、僕にはできない。
「私を一人にしないでよぉ‥っ」
僕はただ彼女の手を握ることしかできない。
彼女の涙がまるで雨のように繋いだ手を濡らす。
僕は彼女から離れなければならない。
彼女を置いていかなければならない。
彼女を、一人ぼっちにしてしまう。
僕はもう、生きられないから。
「ずっと、君のそばにいたかった」
彼女の嗚咽はやむことなく部屋に響く。
僕はただ続けた。
「できれば君と結婚して、子供も作って、幸せな家庭なんてものを築いて、おじいちゃんとおばあちゃんになるまで君と一緒に生きていたかったなぁ」
いつの間にか彼女の嗚咽は小さくなっていた。
僕は少し笑みを浮かべて、窓の外へと視線を移す。
眩しいほどの青い空がどこまでも続いていて僕は少しだけ、ほんの少しだけ泣きたい気持ちになった。
もうこうして彼女の隣で空を見上げることもないのだろうと思うと。
「ねぇ。僕が死んでしまったら、僕のことなんか忘れて、もっといい人を見つけて幸せになるんだよ」
今度は長生きしそうな、ずっと君のそばにいてくれる人を見つけてさ。
彼女の方を見ずにそう言うと、彼女が再び泣きだすのがわかった。
その声がとても悲しくて、僕は自分の視界がぼやけていくのを必死で抑えようとした。
「‥っ忘れられるはず、ないじゃない…!私にはあなたしかいないのに」
愛してると言える人は今もこの先もあなただけなのに。
所々閊(つか)えながら震える声で彼女が言う。
もはや涙を我慢することはできなかった。
「…君を幸せにするのは、僕でありたかった」
泣き笑いのような表情を浮かべて、彼女を見つめる。
彼女の目は涙で赤くなっていて可愛い顔が台無しだと少しだけ思ってしまった。
そばにあったハンカチを渡すけれど、おそらく大した意味はないだろう。
涙の止まる気配すらないんだから。
彼女のきれいな眼からは次々に新たな涙が生まれては零れていっている。
「ずっと、ずっと。僕は君のことを愛してるよ」
――どうか、幸せに。
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